大阪大親会の歩み

—4章—
1993~2001年

大末建設㈱との信頼関係の強化

 バブル崩壊後、不況による建設需要の悪化、企業間の受注競争の激化という状況の中、大末建設においても他社と同様に利益ギリギリの価格での受注をするようになります。そのため、会社内で安価な発注先を探す動きがありました。
しかし、大阪大親会の役員から「大阪大親会と大末建設は共同体。コスト協力は惜しまないので、苦しい時こそ協力して乗り越えるべき」と大末建設経営陣に具申がなされます。
大阪大親会も、協力会社として厳しい状況を受け入れ、利益を削り、大末建設と密にコミュニケーションを図りながら、苦難の時代に立ち向かいました。そのような苦しい時こそ協力するという姿勢の根底には、長年培ってきた大末建設との信頼関係、それを裏打ちする職人たちの確かな技術力がありました。
こうした信頼関係と確かな技術力は、大阪大親会の強みでもあります。

大親会独自の分科会活動へ

 大阪大親会における分科会では個々だと協力会社として仕事を請け負う点ではライバル同士でした。
しかし、同時に大末建設と共に発展するために協力することができる関係性・体制が構築されてきました。分科会4委員長と共に安全活動推進と技術の向上の為に安全パトロールや品質管理活動を促進していき、一致団結に協力し合い大阪大親会の大きな力へと成熟しいきました。

安全意識を重視して

 「自分も怪我をしない、他人に怪我をさせない」を合言葉に
労働災害ゼロに向かって活動を始めました。
分科会メンバーと・安全管理部による月二回の安全パトロールを筆頭に安全意識を高めていきました。
95年阪神・淡路大震災の再建において、復興住宅建設を受注します。ゼネコン14社が足並みそろえて着工し、復興住宅の建設工事を進め竣工時には14社中無事故・無災害は大末建設1社のみという結果を残し
住宅・都市設備公団関西支社より感謝状が授与されました。

大親会の歴史