大阪大親会の歩み

—第一章—

前身団体の発足

大阪大親会の前身となる、協力会社組合が発足されたのは、1959(昭和34年)7月でした。工事量増大に伴い、関係会社が設立された頃、末広組で大末組の労務関係を担い、先見の明があった初代大親会会長石橋総太郎氏を中心に、大末組の協力会社の間で「大末組との協力体制を自ら作ろう」という意見が持ちあがります。
組合名は大末組親交会を略して「大親会」と命名され、”大末組のために一致協力していこう”という思いが込められています。

初の大親会総会にて(昭和34年 10月)

大末組は大親会とともに、これまでの地元松原から大阪府下一円へその基盤を広げていき、大末組初の1億円を超える工事となった北堀江分譲施設付き市外住宅や、ニュータウン関係工事、日本万国博覧会のフジパンロボット館など大事業を手掛けていくこととなります。

日本万博博覧会 フジパンロボット館

大親会の歴史